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ウッドチャックの闇

最近、SNSでウッドチャックをたびたび見かけるようになりました。2025年7月、アメリカから100匹のウッドチャックが日本へ輸出されました。これらの情報は、2025年5月にマーモット村が誕生し、大きな話題が生まれたときに国内へ入ってきました。僕は、このウッドチャックを輸出したアメリカのブリーダーから直接この話を聞きました。 話を聞くと、日本の多くのペットショップや卸の会社が、アメリカのブリーダーへ直接的・間接的にマーモットを輸入したいという話があったそうです。今回の大量輸出により、多くのペットショップや、ペットショップへの卸を行う会社がウッドチャックを輸入することとなりました。 その結果、いま日本で悲しい出来事が起こっています。お迎え先が見つからず、半年以上小さなケージに閉じ込められ、ペットショップでセール価格などで販売されている子がいたり、または安かったからと安易にオスとメスのペアでお迎えをし、手に負えなくなったと数ヶ月で引き取り手を探している人がいたりなど…。 こういう子たちを未然に防げるよう、僕はこの情報を初めて聞いたときに、アメリカのブリーダーに日本への輸出を行わず、ウッドチャックの生態が知られているアメリカ国内にとどめることはできないかという相談も行いました。 既に輸出先が決まっている子については、日本のいくつの会社から連絡があり、何匹輸出される予定なのかも聞き取りました。それでも、アメリカのブリーダーは、ペット用に繁殖している以上、販売や輸出を止めることはありませんでした。アメリカ国内では害獣として扱われていることもあり、日本では「マーモット」として知られていて、多くのペットショップが欲しているためです。 不幸なウッドチャックが生まれる前に、未然に防げるよう試みましたが、できることは限られていました。 並行して、マーモット村へ、できる限りのウッドチャックを買い取って引き取ってほしいと強くお願いしました。ご存知の通り、マーモット村では海外で劣悪な環境で育ったマーモットや、怪我をしている子を迎えていることもあり、人員的にも、施設の広さやキャパ的にもとても制約がありました。輸入に当たっての費用や、いまいるマーモットたちの医療費を考えても、経済的にも難しかったです。 その結果、12匹のウッドチャックのみ、マーモット村でお迎えすることができました。もしこの子たちをお迎えできていなかったら、今でも日本のどこかのペットショップで小さなケージに閉じ込められていたり、繁殖目的や営利目的で飼育しようとする人に安易に迎えられ、飼育放棄されていたかもしれません。 少なくともこの12匹の子たちは、そういった未来にならず、最後まで未来が保証されたことが唯一の救いです。 日本に来た直後は、12匹すべてをマーモット村東京にお願いすることはできなかったため、僕も6匹のみですがお世話を引き受けました。当時は東京に1拠点しかなかったため、毎日朝起きてから夜寝る前まで、家族であるおもちとプク、まもちや、ウッドチャック6匹たちのお世話に明け暮れる毎日でした。 その頃には、手足の指を欠損し、すぐにでも病院にかからなければいけなかったボバクマーモットたちのお世話もしていました。そのため、朝起きたらみんなのトイレ掃除やご飯、庭で遊ばせたり、部屋の中を自由に歩き回らせたり、ひなたぼっこをさせたり、週に数回の動物病院に通ったりと、7月から9月までは精神的にも疲弊していました。 9月には、11月にオープンしたマーモット村大阪ができたこともあり、2ヶ月間お世話をしたウッドチャックやボバクマーモットを引き渡しました。離れる寂しさもありましたが、マーモット村東京でのびのびと過ごしているみんなの表情を知っていたので、スタッフの皆さんへ安心して我が子を託すことができました。いまでは大阪へ行くたびに、みんながよりのびのびとしてくれていて、見るたびに感慨深く感動しています。 マーモット村という保護施設がなければ、この子たちはどうなっていたのかと考えると、みんなを日々見てくれているスタッフさんたちには感謝の気持ちでいっぱいです。マーモットの保護施設と知っていただき、触れ合いがなく展示のみであるにもかかわらず会いに来ていただき、マーモット村を支えてくださっている皆さまにもとても感謝しています。 今は東京と大阪の2つの施設を維持するだけで精一杯ですが、今後はより多くのマーモットの幸せを見据えた僕なりの考えがあります。 今は医療を受けさせるべき子が多くを占めているため、提携動物病院の近くでなければならないという場所の制約がありますが、みんなが健康で元気に過ごせるようになれば、彼らにとってより住みよく、生涯を全うできる場所があるべきです。犬や猫と同様にシニア期にも突入します。10歳前後で高齢になっても展示されたり、不特定多数に触られている子もまだいます。 ドクターマーモットとマーモット村の理念は、世界中のマーモットを幸せにすることです。すぐには難しくても、近い将来、必ず国内外のすべてのマーモットが幸せに暮らせる環境を実現します。これは夢でもなんでもなく、必ず実現させる未来です。この未来が1日でも早く訪れるようにすることが、僕の使命だと思っています。 マーモット村にウッドチャックが来て理解が深まりましたが、ウッドチャックは他のマーモットたちと生態が大きく異なります。 他のマーモットは集団で生きるのに対し、ウッドチャックは集団生活には向きません。もともと一緒に暮らしていた家族であれば問題ありませんが、お迎えする場所が違えば、彼らの縄張り意識も大きく変わります。 さらに、ウッドチャックは他のマーモットと異なり小柄で運動神経も非常に高く、運動量も大きく異なります。 それにも関わらず、「マーモットだから」と大量に輸入され、価格競争によって安くなったウッドチャックを安易にお迎えし、不十分な環境で飼育されている事例も少なくありません。その結果、引き取ってほしいというDMが僕のもとにも届いています。もしかしたら、そのまま山へ飼育放棄された子もいるかもしれません。 今回の日本への大量輸出により、お迎えした会社が飼育環境の大きく異なる他の動物と同じ空間で飼育し、複数匹を不特定多数に触れ合わせるなど、あってはいけないことが起きていると感じています。 マーモットと生活しておきながら、こんなことを言うのはおかしいという意見もあるかもしれませんが、僕はマーモットがペットとして安易に普及することには反対です。ただし、マーモットと暮らすことそのものを否定しているわけではありません。海外ではペット用に飼育・繁殖されたマーモットが存在しているからです。それを否定すれば、この子たちの未来が保証されません。 決して適した環境とは言えなくても、人間からご飯や寝床を与えられ、天敵もいない環境にいた子たちが、いきなり自然に放たれることこそが飼育放棄です。とはいえ、このまま放置していればブリーダーはお金目的で無理な繁殖を続けてしまうため、どこかで規制をしなければなりません。 僕が言いたいのは、私たちはそれぞれの実態を正しく把握し、その状況に応じた判断をしなければならないということです。表面上の情報だけで決めつけ、好き勝手に発言する人もいると思いますが、そういう人たちは本質に向き合っていないため、いずれ離れていき、マーモットの存在すら忘れてしまいます。たとえ否定的な意見であっても、その存在自体には意味があるとも思っています。その意見をきっかけに、本気でマーモットを考える人が増えるからです。 僕の人生のモットーのひとつに「すべてを知らないのに否定することはできない」という考えがあります。否定するのであれば、まず向き合うべきだと思います。もちろん、逆も同じです。 ここからお知らせです。昨年から、マーモット村へ多くのペット系イベントへの参加協力のお話をいただいていました。僕宛にもイベント参加の依頼がDMでたびたび届いています。 僕もマーモット村も「世界中のマーモットを幸せにすること」を理念にしていることもあり、こうしたお誘いは慎重に検討し、多くをお断りしてきました。理由は、マーモット村の実態や理念が十分に理解されていなかったためです。 しかし、今回の「ペット王国」さんは違いました。マーモットファーストの理念を理解し、そのうえでお声掛けをいただきました。最初はこれまでと同様にお断りを考えていましたが、今回は環境の再現だけでなく、安全性を担保した提案をいただいたため、参加を決断しました。マーモット村に来られたことのある方にとっては、満足できないと感じるかもしれません。 なぜ満足できないかもしれないのに参加するのか。お金をもらっているのではないかと思われるかもしれませんが、参加にあたってマーモット株式会社が受け取る費用は、運営のための最低限のもののみです。移動費や人件費、環境整備などでほとんどが消えます。 今回参加する一番の理由は、「世界中のマーモットを幸せにするため」です。これだけマーモットが注目され、イベントで扱われようとしている中で、もしマーモット村が参加しなければどうなるのか。おそらく、営利目的の会社がふれあい目的で参加する可能性があります。その場合、適切な環境が再現されない恐れがあります。人が自由に入れる空間で、慣れていない個体に不特定多数が触れるような状況は、絶対にあってはいけません。...

ウッドチャックの闇

最近、SNSでウッドチャックをたびたび見かけるようになりました。2025年7月、アメリカから100匹のウッドチャックが日本へ輸出されました。これらの情報は、2025年5月にマーモット村が誕生し、大きな話題が生まれたときに国内へ入ってきました。僕は、このウッドチャックを輸出したアメリカのブリーダーから直接この話を聞きました。 話を聞くと、日本の多くのペットショップや卸の会社が、アメリカのブリーダーへ直接的・間接的にマーモットを輸入したいという話があったそうです。今回の大量輸出により、多くのペットショップや、ペットショップへの卸を行う会社がウッドチャックを輸入することとなりました。 その結果、いま日本で悲しい出来事が起こっています。お迎え先が見つからず、半年以上小さなケージに閉じ込められ、ペットショップでセール価格などで販売されている子がいたり、または安かったからと安易にオスとメスのペアでお迎えをし、手に負えなくなったと数ヶ月で引き取り手を探している人がいたりなど…。 こういう子たちを未然に防げるよう、僕はこの情報を初めて聞いたときに、アメリカのブリーダーに日本への輸出を行わず、ウッドチャックの生態が知られているアメリカ国内にとどめることはできないかという相談も行いました。 既に輸出先が決まっている子については、日本のいくつの会社から連絡があり、何匹輸出される予定なのかも聞き取りました。それでも、アメリカのブリーダーは、ペット用に繁殖している以上、販売や輸出を止めることはありませんでした。アメリカ国内では害獣として扱われていることもあり、日本では「マーモット」として知られていて、多くのペットショップが欲しているためです。 不幸なウッドチャックが生まれる前に、未然に防げるよう試みましたが、できることは限られていました。 並行して、マーモット村へ、できる限りのウッドチャックを買い取って引き取ってほしいと強くお願いしました。ご存知の通り、マーモット村では海外で劣悪な環境で育ったマーモットや、怪我をしている子を迎えていることもあり、人員的にも、施設の広さやキャパ的にもとても制約がありました。輸入に当たっての費用や、いまいるマーモットたちの医療費を考えても、経済的にも難しかったです。 その結果、12匹のウッドチャックのみ、マーモット村でお迎えすることができました。もしこの子たちをお迎えできていなかったら、今でも日本のどこかのペットショップで小さなケージに閉じ込められていたり、繁殖目的や営利目的で飼育しようとする人に安易に迎えられ、飼育放棄されていたかもしれません。 少なくともこの12匹の子たちは、そういった未来にならず、最後まで未来が保証されたことが唯一の救いです。 日本に来た直後は、12匹すべてをマーモット村東京にお願いすることはできなかったため、僕も6匹のみですがお世話を引き受けました。当時は東京に1拠点しかなかったため、毎日朝起きてから夜寝る前まで、家族であるおもちとプク、まもちや、ウッドチャック6匹たちのお世話に明け暮れる毎日でした。 その頃には、手足の指を欠損し、すぐにでも病院にかからなければいけなかったボバクマーモットたちのお世話もしていました。そのため、朝起きたらみんなのトイレ掃除やご飯、庭で遊ばせたり、部屋の中を自由に歩き回らせたり、ひなたぼっこをさせたり、週に数回の動物病院に通ったりと、7月から9月までは精神的にも疲弊していました。 9月には、11月にオープンしたマーモット村大阪ができたこともあり、2ヶ月間お世話をしたウッドチャックやボバクマーモットを引き渡しました。離れる寂しさもありましたが、マーモット村東京でのびのびと過ごしているみんなの表情を知っていたので、スタッフの皆さんへ安心して我が子を託すことができました。いまでは大阪へ行くたびに、みんながよりのびのびとしてくれていて、見るたびに感慨深く感動しています。 マーモット村という保護施設がなければ、この子たちはどうなっていたのかと考えると、みんなを日々見てくれているスタッフさんたちには感謝の気持ちでいっぱいです。マーモットの保護施設と知っていただき、触れ合いがなく展示のみであるにもかかわらず会いに来ていただき、マーモット村を支えてくださっている皆さまにもとても感謝しています。 今は東京と大阪の2つの施設を維持するだけで精一杯ですが、今後はより多くのマーモットの幸せを見据えた僕なりの考えがあります。 今は医療を受けさせるべき子が多くを占めているため、提携動物病院の近くでなければならないという場所の制約がありますが、みんなが健康で元気に過ごせるようになれば、彼らにとってより住みよく、生涯を全うできる場所があるべきです。犬や猫と同様にシニア期にも突入します。10歳前後で高齢になっても展示されたり、不特定多数に触られている子もまだいます。 ドクターマーモットとマーモット村の理念は、世界中のマーモットを幸せにすることです。すぐには難しくても、近い将来、必ず国内外のすべてのマーモットが幸せに暮らせる環境を実現します。これは夢でもなんでもなく、必ず実現させる未来です。この未来が1日でも早く訪れるようにすることが、僕の使命だと思っています。 マーモット村にウッドチャックが来て理解が深まりましたが、ウッドチャックは他のマーモットたちと生態が大きく異なります。 他のマーモットは集団で生きるのに対し、ウッドチャックは集団生活には向きません。もともと一緒に暮らしていた家族であれば問題ありませんが、お迎えする場所が違えば、彼らの縄張り意識も大きく変わります。 さらに、ウッドチャックは他のマーモットと異なり小柄で運動神経も非常に高く、運動量も大きく異なります。 それにも関わらず、「マーモットだから」と大量に輸入され、価格競争によって安くなったウッドチャックを安易にお迎えし、不十分な環境で飼育されている事例も少なくありません。その結果、引き取ってほしいというDMが僕のもとにも届いています。もしかしたら、そのまま山へ飼育放棄された子もいるかもしれません。 今回の日本への大量輸出により、お迎えした会社が飼育環境の大きく異なる他の動物と同じ空間で飼育し、複数匹を不特定多数に触れ合わせるなど、あってはいけないことが起きていると感じています。 マーモットと生活しておきながら、こんなことを言うのはおかしいという意見もあるかもしれませんが、僕はマーモットがペットとして安易に普及することには反対です。ただし、マーモットと暮らすことそのものを否定しているわけではありません。海外ではペット用に飼育・繁殖されたマーモットが存在しているからです。それを否定すれば、この子たちの未来が保証されません。 決して適した環境とは言えなくても、人間からご飯や寝床を与えられ、天敵もいない環境にいた子たちが、いきなり自然に放たれることこそが飼育放棄です。とはいえ、このまま放置していればブリーダーはお金目的で無理な繁殖を続けてしまうため、どこかで規制をしなければなりません。 僕が言いたいのは、私たちはそれぞれの実態を正しく把握し、その状況に応じた判断をしなければならないということです。表面上の情報だけで決めつけ、好き勝手に発言する人もいると思いますが、そういう人たちは本質に向き合っていないため、いずれ離れていき、マーモットの存在すら忘れてしまいます。たとえ否定的な意見であっても、その存在自体には意味があるとも思っています。その意見をきっかけに、本気でマーモットを考える人が増えるからです。 僕の人生のモットーのひとつに「すべてを知らないのに否定することはできない」という考えがあります。否定するのであれば、まず向き合うべきだと思います。もちろん、逆も同じです。 ここからお知らせです。昨年から、マーモット村へ多くのペット系イベントへの参加協力のお話をいただいていました。僕宛にもイベント参加の依頼がDMでたびたび届いています。 僕もマーモット村も「世界中のマーモットを幸せにすること」を理念にしていることもあり、こうしたお誘いは慎重に検討し、多くをお断りしてきました。理由は、マーモット村の実態や理念が十分に理解されていなかったためです。 しかし、今回の「ペット王国」さんは違いました。マーモットファーストの理念を理解し、そのうえでお声掛けをいただきました。最初はこれまでと同様にお断りを考えていましたが、今回は環境の再現だけでなく、安全性を担保した提案をいただいたため、参加を決断しました。マーモット村に来られたことのある方にとっては、満足できないと感じるかもしれません。 なぜ満足できないかもしれないのに参加するのか。お金をもらっているのではないかと思われるかもしれませんが、参加にあたってマーモット株式会社が受け取る費用は、運営のための最低限のもののみです。移動費や人件費、環境整備などでほとんどが消えます。 今回参加する一番の理由は、「世界中のマーモットを幸せにするため」です。これだけマーモットが注目され、イベントで扱われようとしている中で、もしマーモット村が参加しなければどうなるのか。おそらく、営利目的の会社がふれあい目的で参加する可能性があります。その場合、適切な環境が再現されない恐れがあります。人が自由に入れる空間で、慣れていない個体に不特定多数が触れるような状況は、絶対にあってはいけません。...

2月1日はヒマラヤマーモットの日

2月1日はヒマラヤマーモットの日

まもちが来て1年。覚悟と責任の話をします。 2月1日は「ヒマラヤマーモットの日」です。そして、まもちが来てくれて1年の記念日でもあります。 去年は、マーモットが広まった年でした。SNSを通して、「かわいい」「癒される」「初めて知った」そんな声を、国内外からたくさんいただきました。 それは本当に嬉しいことでした。でも、この1年で、僕はたくさんの現実も見てきました。 今日は、そのお話をします。 マーモットには、3種類の“現実”があります これまで、マーモットには大きく2種類の子たちがいるとお伝えしてきました。 ひとつは、自然の中で暮らし、冬や天敵と戦いながら、寿命を全うしようと生きる子たち。 もうひとつは、ペット・家畜・食用として、人の管理下で飼育繁殖されてきた子たち。 しかし、この1年で、どうしても無視できない、もうひとつの現実が加わりました。 それが、自然の中で暮らしていたにもかかわらず、密猟され、人間の都合で家畜や食用にされる子たちです。 SNSで見える姿は、ほんの一部です 自然の中にいるマーモットたちは、SNSで見る限り、のびのびと暮らしているように見えるかもしれません。 でも現実は、決して穏やかではありません。 害獣として駆除されてしまう子たち。食糧不足で命を落とす子たち。天敵に捕食される子たち。冬眠中に、そのまま目を覚まさない子たち。 それが自然の摂理だと言われれば、そうなのかもしれません。 でも、SNSを通して“かわいさ”が広まり、人間と深く関わるようになった今、僕たちはその現実から目を逸らしていいのか。僕はそう思わなくなりました。 人間が関わったことで、生まれた別の地獄 マーモットは、毛皮用、食肉用として飼育繁殖されることがあります。 劣悪な環境。無理な繁殖。ストレス下での子食い。 それは、人間の「需要」が生み出した現実です。 このままでいいのか。僕は、毎日、何度も自分に問い続けています。 僕には責任があります 僕がマーモットの魅力発信を始めたのは、2023年9月に開始したInstagramでした。 当時、InstagramやXでのマーモット投稿は、1日に数件あるかどうか。「#マーモット」のハッシュタグも、100件未満だったことを、今でも覚えています。 それが今では、多くの人がマーモットを知り、好きになり、もっと知りたいと思ってくれるようになりました。 日本では、保護の実態も含めて、理解してくれる方が増えています。 一方で、「こんなに人気なら儲かるのではないか」そう考える人たちも、確実に増えました。 うんざりするほど届いたDM 東京のオープン後、僕のもとには、こんなDMが大量に届きました。...

2月1日はヒマラヤマーモットの日

まもちが来て1年。覚悟と責任の話をします。 2月1日は「ヒマラヤマーモットの日」です。そして、まもちが来てくれて1年の記念日でもあります。 去年は、マーモットが広まった年でした。SNSを通して、「かわいい」「癒される」「初めて知った」そんな声を、国内外からたくさんいただきました。 それは本当に嬉しいことでした。でも、この1年で、僕はたくさんの現実も見てきました。 今日は、そのお話をします。 マーモットには、3種類の“現実”があります これまで、マーモットには大きく2種類の子たちがいるとお伝えしてきました。 ひとつは、自然の中で暮らし、冬や天敵と戦いながら、寿命を全うしようと生きる子たち。 もうひとつは、ペット・家畜・食用として、人の管理下で飼育繁殖されてきた子たち。 しかし、この1年で、どうしても無視できない、もうひとつの現実が加わりました。 それが、自然の中で暮らしていたにもかかわらず、密猟され、人間の都合で家畜や食用にされる子たちです。 SNSで見える姿は、ほんの一部です 自然の中にいるマーモットたちは、SNSで見る限り、のびのびと暮らしているように見えるかもしれません。 でも現実は、決して穏やかではありません。 害獣として駆除されてしまう子たち。食糧不足で命を落とす子たち。天敵に捕食される子たち。冬眠中に、そのまま目を覚まさない子たち。 それが自然の摂理だと言われれば、そうなのかもしれません。 でも、SNSを通して“かわいさ”が広まり、人間と深く関わるようになった今、僕たちはその現実から目を逸らしていいのか。僕はそう思わなくなりました。 人間が関わったことで、生まれた別の地獄 マーモットは、毛皮用、食肉用として飼育繁殖されることがあります。 劣悪な環境。無理な繁殖。ストレス下での子食い。 それは、人間の「需要」が生み出した現実です。 このままでいいのか。僕は、毎日、何度も自分に問い続けています。 僕には責任があります 僕がマーモットの魅力発信を始めたのは、2023年9月に開始したInstagramでした。 当時、InstagramやXでのマーモット投稿は、1日に数件あるかどうか。「#マーモット」のハッシュタグも、100件未満だったことを、今でも覚えています。 それが今では、多くの人がマーモットを知り、好きになり、もっと知りたいと思ってくれるようになりました。 日本では、保護の実態も含めて、理解してくれる方が増えています。 一方で、「こんなに人気なら儲かるのではないか」そう考える人たちも、確実に増えました。 うんざりするほど届いたDM 東京のオープン後、僕のもとには、こんなDMが大量に届きました。...

マーモット村「触れない優しさで、命を守るということ」

マーモット村「触れない優しさで、命を守るということ」

【父の死と、マーモットとの出会い】僕は、父を突然亡くしました。恩返しをしたいと思っていた矢先のことでした。コロナ禍の最中で、通夜にも葬儀にも立ち会えず、お別れの言葉さえ伝えられませんでした。家族も自分も心を失ったような日々。そのとき、SNSで見かけたのがマーモットという生き物でした。どこか父の面影を感じました。人のような表情で、虚無なのに優しく、見ているだけで呼吸が楽になる存在でした。マーモットに癒されていくうちに、「人の都合で失われてしまう、こんな小さな命を守りたい」と思うようになりました。それが、今の活動のはじまりです。 【マーモット村という場所の意味】 マーモット村は、世界でいちばんマーモットが幸せに過ごせる場所を目指してつくられています。ここでは、抱っこや触れ合いを禁止しています。なぜなら、触れないことがいちばん優しいことだと知ったからです。 ・抱っこや直接接触は禁止・フラッシュや大きな音、強い香水も禁止・温度・湿度・食事・日照・運動を個体ごとに管理・売上は医療・飼育・保護活動の維持に充てられています これまで僕が監修した商品や書籍、メーカーさんと一緒に作ったぬいぐるみ、靴下、フィギュア、写真集など、それらすべてにおいて、印税やライセンス料など1円も受け取っていません。僕が関わる目的は、マーモットの魅力を広く知ってもらうこと。お金ではなく、「伝えること」と「作品のクオリティを高めること」が自分の役割だと思っています。一部のメーカーさんからは、商品をマーモット村に寄付していただき、その販売分の売上はすべて医療費・保護費・施設維持費に充てています。マーモットを通じて利益を得ることは、僕のポリシーに反します。だから、マーモットからお金はもらわない。それが、僕の中の小さなけじめです。この気持ちを知ったうえで、まもちたちのグッズを手にとってもらえたら嬉しいです。その商品ひとつひとつが、マーモットを守る力になっています。 【海外で見た現実】活動を始めてから、中国のブリード施設を訪れました。そこでは、マーモットが商品や家畜として扱われ、信じられないような光景がありました。2025年10月のある日。SNSで、マーモットが生きたまま熱湯に入れられ、皮を剥がされる動画を見ました。中国ではマーモットが食用とされる文化があります。文化の違いを否定するつもりはありません。けれど、あの映像にあったのは文化ではなく、命の冒涜でした。苦しむ様子を笑いながら撮影し、SNSで拡散する。それは「食文化」ではなく、「命の軽視」です。映像を見て、まもちの顔が浮かびました。そして、父を思い出しました。失った命、守れなかった後悔。スマホを閉じて、海へ行きました。波を見ながら、考えました。来る波と戻る波がぶつかると、波は止まります。でも、重なれば足元まで届く。人の想いも、波のように重なれば遠くまで届く。同じ方向を見て、足並みをそろえれば、きっと世界は変えられる。 【僕が見てきた小さな命たち】マーモット村にいる子たちを見てみてください。人懐っこく甘える子もいれば、臆病で距離をとる子もいます。手足や指を失った子もいます。向こうでは、そうした子たちは「売れない」「食べ物にもならない」とされ、ご飯すらもらえず、ゴミのように扱われてしまいます。生後1年を迎えるマーモットはわずか1割。9割はその前に命を落とします。7月、中国のブリード施設で10匹の赤ちゃんマーモットを見ました。人間の肩幅ほどの金網のケージに入れられ、その上には大人のマーモットたちのケージ。赤ちゃんの細い手足が金網の隙間から下に出て、下の大人たちはそれを餌と勘違いして噛みちぎってしまう。3匹の赤ちゃんは手足を失い、出血し、震えながら威嚇をしていました。助けられたのは残りの7匹。輸出入検疫の手続きを経て、7月に全員を日本へ連れ帰りました。灼熱の陸路を越え、空輸を経て、1匹も死なせずに守ることができました。 【迎えた7匹と、続いた日々】東京のマーモット村はスペースも人員も限界でした。だから僕は、自宅で7匹の世話を始めました。おもち、プク、まもちと一緒に。朝から晩まで掃除と投薬、週2〜3回の通院。向こうでの環境が悪かったため、ストレスも強く、糞尿の匂いは激しく、最初は近づくだけで警戒されました。それでも毎日、声をかけ、見守り続けました。やがて、固まって眠っていた子たちが、少しずつお腹を見せて寝るようになりました。それが、僕の救いでした。でも、1人では十分な愛情を注ぐことはできませんでした。今も、人間への不信感を持つ子がいます。だからこそ、マーモット村を訪れる方にお願いがあります。どうか、温かい目で見守ってください。人間は怖くないんだよ、と優しくおやつを差し出してあげてください。 その積み重ねが、マーモットたちの幸せに変わります。そして、それが僕にとっての救いでもあります。 【今できること、これからの決意】僕はこれからも、目の前にいる命をすべて救います。広さや人員の問題があっても、救わねばならない命があれば迷いません。もちろん、そうならないための対策も行っています。パートナー企業への飼育方法の改善依頼、不適切な環境のマーモットの引き取り、密猟・過密飼育・虐待の通報。現地行政と連携し、日々改善を求めています。それでも、すぐには変わらないのが現実です。だからこそ、今この瞬間に苦しむ子がいれば、僕は迷わず行動します。マーモット村は、ただのアニマルカフェではありません。人と動物の間に「優しさの文化」をつくるための場所です。 【最後に】マーモットたちは、今日も静かに息づいています。甘える子もいれば、まだ人を信じきれない子もいる。でも、確かに、生きています。そして、海で見たあの日の波のように、みんなの優しさが重なれば、世界はきっと、もう少し穏やかになる。 世界中のマーモットが幸せに暮らせますように。   (保護時のカステラちゃんとココアちゃんの様子)   (現在のカステラちゃんとココアちゃんの様子)  (現在のマーモット村の様子)    

マーモット村「触れない優しさで、命を守るということ」

【父の死と、マーモットとの出会い】僕は、父を突然亡くしました。恩返しをしたいと思っていた矢先のことでした。コロナ禍の最中で、通夜にも葬儀にも立ち会えず、お別れの言葉さえ伝えられませんでした。家族も自分も心を失ったような日々。そのとき、SNSで見かけたのがマーモットという生き物でした。どこか父の面影を感じました。人のような表情で、虚無なのに優しく、見ているだけで呼吸が楽になる存在でした。マーモットに癒されていくうちに、「人の都合で失われてしまう、こんな小さな命を守りたい」と思うようになりました。それが、今の活動のはじまりです。 【マーモット村という場所の意味】 マーモット村は、世界でいちばんマーモットが幸せに過ごせる場所を目指してつくられています。ここでは、抱っこや触れ合いを禁止しています。なぜなら、触れないことがいちばん優しいことだと知ったからです。 ・抱っこや直接接触は禁止・フラッシュや大きな音、強い香水も禁止・温度・湿度・食事・日照・運動を個体ごとに管理・売上は医療・飼育・保護活動の維持に充てられています これまで僕が監修した商品や書籍、メーカーさんと一緒に作ったぬいぐるみ、靴下、フィギュア、写真集など、それらすべてにおいて、印税やライセンス料など1円も受け取っていません。僕が関わる目的は、マーモットの魅力を広く知ってもらうこと。お金ではなく、「伝えること」と「作品のクオリティを高めること」が自分の役割だと思っています。一部のメーカーさんからは、商品をマーモット村に寄付していただき、その販売分の売上はすべて医療費・保護費・施設維持費に充てています。マーモットを通じて利益を得ることは、僕のポリシーに反します。だから、マーモットからお金はもらわない。それが、僕の中の小さなけじめです。この気持ちを知ったうえで、まもちたちのグッズを手にとってもらえたら嬉しいです。その商品ひとつひとつが、マーモットを守る力になっています。 【海外で見た現実】活動を始めてから、中国のブリード施設を訪れました。そこでは、マーモットが商品や家畜として扱われ、信じられないような光景がありました。2025年10月のある日。SNSで、マーモットが生きたまま熱湯に入れられ、皮を剥がされる動画を見ました。中国ではマーモットが食用とされる文化があります。文化の違いを否定するつもりはありません。けれど、あの映像にあったのは文化ではなく、命の冒涜でした。苦しむ様子を笑いながら撮影し、SNSで拡散する。それは「食文化」ではなく、「命の軽視」です。映像を見て、まもちの顔が浮かびました。そして、父を思い出しました。失った命、守れなかった後悔。スマホを閉じて、海へ行きました。波を見ながら、考えました。来る波と戻る波がぶつかると、波は止まります。でも、重なれば足元まで届く。人の想いも、波のように重なれば遠くまで届く。同じ方向を見て、足並みをそろえれば、きっと世界は変えられる。 【僕が見てきた小さな命たち】マーモット村にいる子たちを見てみてください。人懐っこく甘える子もいれば、臆病で距離をとる子もいます。手足や指を失った子もいます。向こうでは、そうした子たちは「売れない」「食べ物にもならない」とされ、ご飯すらもらえず、ゴミのように扱われてしまいます。生後1年を迎えるマーモットはわずか1割。9割はその前に命を落とします。7月、中国のブリード施設で10匹の赤ちゃんマーモットを見ました。人間の肩幅ほどの金網のケージに入れられ、その上には大人のマーモットたちのケージ。赤ちゃんの細い手足が金網の隙間から下に出て、下の大人たちはそれを餌と勘違いして噛みちぎってしまう。3匹の赤ちゃんは手足を失い、出血し、震えながら威嚇をしていました。助けられたのは残りの7匹。輸出入検疫の手続きを経て、7月に全員を日本へ連れ帰りました。灼熱の陸路を越え、空輸を経て、1匹も死なせずに守ることができました。 【迎えた7匹と、続いた日々】東京のマーモット村はスペースも人員も限界でした。だから僕は、自宅で7匹の世話を始めました。おもち、プク、まもちと一緒に。朝から晩まで掃除と投薬、週2〜3回の通院。向こうでの環境が悪かったため、ストレスも強く、糞尿の匂いは激しく、最初は近づくだけで警戒されました。それでも毎日、声をかけ、見守り続けました。やがて、固まって眠っていた子たちが、少しずつお腹を見せて寝るようになりました。それが、僕の救いでした。でも、1人では十分な愛情を注ぐことはできませんでした。今も、人間への不信感を持つ子がいます。だからこそ、マーモット村を訪れる方にお願いがあります。どうか、温かい目で見守ってください。人間は怖くないんだよ、と優しくおやつを差し出してあげてください。 その積み重ねが、マーモットたちの幸せに変わります。そして、それが僕にとっての救いでもあります。 【今できること、これからの決意】僕はこれからも、目の前にいる命をすべて救います。広さや人員の問題があっても、救わねばならない命があれば迷いません。もちろん、そうならないための対策も行っています。パートナー企業への飼育方法の改善依頼、不適切な環境のマーモットの引き取り、密猟・過密飼育・虐待の通報。現地行政と連携し、日々改善を求めています。それでも、すぐには変わらないのが現実です。だからこそ、今この瞬間に苦しむ子がいれば、僕は迷わず行動します。マーモット村は、ただのアニマルカフェではありません。人と動物の間に「優しさの文化」をつくるための場所です。 【最後に】マーモットたちは、今日も静かに息づいています。甘える子もいれば、まだ人を信じきれない子もいる。でも、確かに、生きています。そして、海で見たあの日の波のように、みんなの優しさが重なれば、世界はきっと、もう少し穏やかになる。 世界中のマーモットが幸せに暮らせますように。   (保護時のカステラちゃんとココアちゃんの様子)   (現在のカステラちゃんとココアちゃんの様子)  (現在のマーモット村の様子)    

マーモットカフェ(マーモットの保護活動)

マーモットカフェ(マーモットの保護活動)

久しぶりに今の気持ちを綴ります。 このブログを見ている方は、僕が今までブログに綴っていたことを見てくださっている方や、マーモットに対する愛をお持ちだったり、マーモットカフェに疑問を感じている方だと思います。 ここにたどり着いた方々に、知っていただければそれだけで十分です。この問題に、本気で向き合っていただける方に知ってもらえるだけで、マーモットの未来は大きく変わります。 マーモットカフェ、僕にとってはマーモットの保護施設です。じゃあなぜマーモット保護施設「マーモット村」にしなかったの?と言われるかもしれません。これには大きな理由があります。 このブログを見る前、マーモットについて深く考える前に、マーモットに対してどういう印象がありましたか?大草原にいてご飯をもらって食べている姿?海外の人に飼われていてシャワーをされている姿が可愛い様子?人間らしく、むちむちもふもふした存在?どれも真実です。どの子達も、一生懸命、その環境で生きている子達です。 マーモットには2種類の子達がいます。ひとつは自然下で太陽の光を浴びながらも、天敵から身を隠し、越冬のために脂肪を蓄え、生命活動を全うしようとする子達。一歩では、飼育下で室内や半室内で、太陽すら見れず、閉ざされた空間で生きる子達。そこから販売されて、ワンちゃんや猫ちゃんのように可愛がられる子もいれば、食料にされたり、家畜にされてしまう子もいます。 現在、海外には輸出を行うマーモットのブリーダーが3社あります。オランダ、アメリカ、中国でそれぞれ1社ずつあります。ここで繁殖、飼育されている子は幸せだと思いますか?実は、僕はこの子達が幸せに暮らせているとは思っていません。同時に、自然下で過ごすマーモットたちが幸せに暮らしているとも思っていません。 自然で生きるということは、弱肉強食の世界であること、食料が見つからなければ飢え死にしてしまうということ、これは自然の摂理上、僕も理解しています。ですが、僕は、「世界中のマーモットが幸せに暮らせること」を目的に活動しています。 飼育下でも、自然下でも幸せだと思ってないのに、どうやって幸せにするんだ!と思われるかもしれません。僕の中での、彼らにとっての幸せは、それぞれで生きるメリットを実現させた環境です。 ・天敵がおらず、寿命を全うできること・冬期の食料不足に備えてたくさん食べて蓄えて冬眠したときに、栄養不足で亡くなってしまわないこと・飼育下でもマーモット本来の生態活動が行えること・栄養、運動、温度、日光のいずれも十分に与えられること これらがすべて整ってこそ、マーモットが幸せに暮らせることだと思います。 前提をお伝えしたので、ここから本題に入ります。 僕は、これまで、「世界中のマーモットを幸せにすること」を目的に、密猟問題が深刻な中国のマーモット自然公園や、マーモットの虐待問題が深刻な山東省のブリード施設へ赴きました。そこでは、マーモットの扱いが、想像を絶するほど残酷です。中国国内の文化の違いもあるかもしれませんが、動物好きな人達が集まっているような会社でも、動物に負担を与えるような接し方、振る舞いをしています。マーモットは、強い歯や鋭い爪を持っているため、しっぽを持って運ぶのが当たり前、少しでも動くと振り回して遠心力で顔が手に届かないようにするなど、明らかな身体的、精神的負担を感じているマーモットがほとんどです。 唯一、日本へマーモットが輸出可能な企業は、オランダ、アメリカ、中国にあると先に述べました。中国の企業で、動物を愛している企業でも、上記のような扱いが当たり前になっています。これは文化の違いなので、根本的な解決はできないかもしれませんが、マーモットの負担になるので正しい接し方を気づくたびに伝えています。マーモットのブリード施設には、元気で自由気ままに過ごす子もいれば、隅っこで全身に力がはいったまま怯えている子もいます。本来仲間に危害を加えることのないマーモットでも、怯える子は、仲間すら敵だと思ってしまい、反射的に攻撃をしてしまうこともあります。その結果、体の一部に怪我をしたり、欠損したりしてしまう子もいます。その場合、その子達は、販売ができないと判断されて、販売ができないと判断され、治療を受けることなく、最後の時を迎えます。そういった子は今後どうなるのか、病院には連れて行かれず、そのまま亡くなるのを待つだけにされてしまいます。 僕は上記のような光景や事実を目の当たりにしました。見てしまった以上、知ってしまった以上、目の前の命を放置することはできません。日本の動物医療を受けさせて救いたいという一心で胸がいっぱいになりました。このような子達はたくさんいます。目の前の命すら助けられない自分が、世界中のマーモットを幸せにすることはできません。僕はこのようなハンデのある子を受け入れて、日本の治療を受けさせることにしました。齧歯類の輸出、輸入は非常に厳しい規則がありますが、どれも問題ないことを確認し、無事にその子達は日本に来てくれました。 しかし、ハンデを持った子達は、同じマーモットですら敵だと認識してしまい、とても暴力的になってしまいます。日本の動物医療を受けさせたいという助けたい一心で、自身の貯蓄を切り崩しお世話をしています。それでも、我々人間には心をひらいてくれません。人間=痛みという認識を本能的にしていたんだと思います。それでも諦めず、病院に通い続け、今ではハンデのある子達みんなが無事に回復してくれました。それでも、なかなか距離が縮まることはありません。 マーモットの怪我の様子が写っています。閲覧注意となりますが、次の写真を見ていただきたいです。   上の写真はハーちゃん、下の写真はレフトちゃんです。ハーちゃんは近づくだけ、目が合うだけで、ハーハーと威嚇し、牙を向いてしまうのでハーさん、レフトちゃんは左足に怪我を負っていたので仮の名前で名付けていました。 ハーちゃんは、右前足が欠損していて、レフトちゃんは左後ろ足が欠損しています。どちらも血だらけで、化膿していて、ハーちゃんに関しては通常の2〜3倍に腫れ上がっていました。 約3ヶ月の治療の結果、この子達の怪我はほぼ完治しました。これまでのマーモットに関する活動で、気づけば数百万円近くの支出がありました。しかし、目の前の命を救うことができたので、意味のある遣い方ができたと思っています。 このような子達は、ほんの一部です。海外のマーモットブリーダーは、各国で1社しかないこともあり、販売のためには飼育繁殖を行い、販売できるようになればすぐに売り出します。売り出されたら、その子達が適切な環境に行くのかもわかりません。日本では、既にマーモットを展示している施設がいくつかありますが、先に述べた栄養、運動、温度、日光のすべての条件がすべて満たされた施設は極めて少ないのです。 そのため、海外で販売情報が出されればすぐに、マーモット株式会社さんに協力していただき、買い取って保護することにしています。買い取ったら、そのブリーダーにお金が入り、ずっと続くじゃないかと思われるかもしれません。確かに、これを続ければブリーダーが私腹を肥やし、こちら側が資金が尽きたり、キャパオーバーになると思います。こうならないように、各国の担当行政には、マーモットの密猟問題解決に向けた取り組みの提案、飼育基準の厳正化や、輸出制限を設けるように日々、意見を提出しています。各国の行政が動いてくれるまでは、目の前の命を救うためにも、今の状況を続けなければならないと思っています。 これらの取り組みを、僕とマーモット株式会社さんだけが行っても、資金が尽きたり、キャパオーバーで飼育がしきれないことになってしまいます。そうならないよう、マーモットカフェ「マーモット村」という名前で、マーモットの保護施設を作ろうという決断に至りました。マーモット村で働くスタッフさんたちは、普段から僕のSNS活動を見てくださっている方で、マーモット愛があり、この状況を知ってくださっている方たちです。 マーモットの保護施設とだけうたってしまうと、国内でも珍しい「マーモット」という言葉だけでも怪しいのに、「保護施設」というと、現状の問題を知らない人たちからすると更に不信感を抱かれ、お客様にきていただけないと判断しました。僕自身、学生時代に保護犬・保護猫のボランティア活動をしていたこともあり、「保護」という言葉を使って、よからぬことをする団体を見てきました。そのため、表向きにはこれらの言葉を使いたくありませんでした。純粋にマーモットを愛し、可愛がっておられる方に、このような現実を突きつけてしまうのも自分の中で納得がいきませんでした。 今では、マーモットがより多くの方に認知され、愛され、これらのマーモットの問題に真摯に向き合っていただける方が増えればいいと思っています。そして、マーモットカフェの売上は、この保護施設の維持やスタッフさんへのお給料、今後の保護活動に充てられればと思っています。実際のところ、マーモット村は、マーモットへの負担が少しでも減らせるよう、入場人数を極めて規制しながらも、ふれあいを行わず、離れたところからマーモットたちをみてもらえるようにしています。そのため、利益が得られるかというと、今では施設の維持やこれまでの費用に充てられるかどうかもわからない状況です。しかし、自分たちだけの蓄えでは到底これらの活動を続けることはできません。数人で保護したマーモットたちのお世話をするのも物理的に困難です。 こんな背景や理由があるなら、全部最初から伝えて、活動していればよかったじゃないか!と思われる方もいらっしゃると思います。もちろん、その道も考えました。しかし、先に述べたとおり、学生時代のボランティア活動での経験や、自分自身のマーモットに対する気持ちから、マーモットのネガティブな情報や、目を覆いたくなる現実は、大々的に発信したくありませんでした。 僕は、若い頃にたくさん迷惑をかけてしまった父を、2年前のある日、急に亡くしました。恩返しがしたくて上京し、父の憧れの場所でセカンドライフを送ってもらいたいという気持ちで日々仕事に明け暮れていましたが、恩返しの一つとしてプレゼントした東京旅行時にコロナに罹患し、数カ月後に後遺症が原因なのか、職場で心臓病が発症し、救急搬送先で息を引き取りました。父の通夜、葬儀のときには、自分もコロナを患ってしまい、高齢な祖母がいる葬儀場にも行けず、直接のお別れもできず、逝かせてしまいました。自分も残された家族も絶望のなか、SNSで現れたのが、どこか父の面影を感じさせるマーモットだったのです。いつしか、僕はマーモットと父を重ねていました。家族にマーモットの存在を伝えると、失った笑顔も徐々に戻りました。YouTubeで海外で飼われているマーモットやSNSで国内で飼われているマーモットを見ていたこともあり、僕もマーモットと生活して、小さい頃に見た温かい家族を取り戻したいと思うようになりました。 これらの背景があったため、マーモットに救われている人たちに、マーモットの虐待や密猟の闇を簡単に伝えてしまうと、さらに辛い世界を味わってしまうのではないかと思っていました。僕や家族が絶望のなか、マーモットから生きがいをもらっていたときに、これらの事実を知ってしまっていたら、僕たち家族はすぐにマーモットから目を背け、自分たちが生きることに精一杯になっていたと思います。 以上が、僕が行ってきたマーモットの保護活動と、あえてマーモットカフェという言葉を使い、マーモットの闇を発信するタイミングを考えていた経緯です。このブログを見て、少しでもマーモットの現実を見ていただける方が増えると嬉しいです。ふと、自分の気持ちをアウトプットしようとつづった文章なので、見苦しい文章になっていると思いますが、僕なりの正義、考え方を知っていただけると本望です。...

マーモットカフェ(マーモットの保護活動)

久しぶりに今の気持ちを綴ります。 このブログを見ている方は、僕が今までブログに綴っていたことを見てくださっている方や、マーモットに対する愛をお持ちだったり、マーモットカフェに疑問を感じている方だと思います。 ここにたどり着いた方々に、知っていただければそれだけで十分です。この問題に、本気で向き合っていただける方に知ってもらえるだけで、マーモットの未来は大きく変わります。 マーモットカフェ、僕にとってはマーモットの保護施設です。じゃあなぜマーモット保護施設「マーモット村」にしなかったの?と言われるかもしれません。これには大きな理由があります。 このブログを見る前、マーモットについて深く考える前に、マーモットに対してどういう印象がありましたか?大草原にいてご飯をもらって食べている姿?海外の人に飼われていてシャワーをされている姿が可愛い様子?人間らしく、むちむちもふもふした存在?どれも真実です。どの子達も、一生懸命、その環境で生きている子達です。 マーモットには2種類の子達がいます。ひとつは自然下で太陽の光を浴びながらも、天敵から身を隠し、越冬のために脂肪を蓄え、生命活動を全うしようとする子達。一歩では、飼育下で室内や半室内で、太陽すら見れず、閉ざされた空間で生きる子達。そこから販売されて、ワンちゃんや猫ちゃんのように可愛がられる子もいれば、食料にされたり、家畜にされてしまう子もいます。 現在、海外には輸出を行うマーモットのブリーダーが3社あります。オランダ、アメリカ、中国でそれぞれ1社ずつあります。ここで繁殖、飼育されている子は幸せだと思いますか?実は、僕はこの子達が幸せに暮らせているとは思っていません。同時に、自然下で過ごすマーモットたちが幸せに暮らしているとも思っていません。 自然で生きるということは、弱肉強食の世界であること、食料が見つからなければ飢え死にしてしまうということ、これは自然の摂理上、僕も理解しています。ですが、僕は、「世界中のマーモットが幸せに暮らせること」を目的に活動しています。 飼育下でも、自然下でも幸せだと思ってないのに、どうやって幸せにするんだ!と思われるかもしれません。僕の中での、彼らにとっての幸せは、それぞれで生きるメリットを実現させた環境です。 ・天敵がおらず、寿命を全うできること・冬期の食料不足に備えてたくさん食べて蓄えて冬眠したときに、栄養不足で亡くなってしまわないこと・飼育下でもマーモット本来の生態活動が行えること・栄養、運動、温度、日光のいずれも十分に与えられること これらがすべて整ってこそ、マーモットが幸せに暮らせることだと思います。 前提をお伝えしたので、ここから本題に入ります。 僕は、これまで、「世界中のマーモットを幸せにすること」を目的に、密猟問題が深刻な中国のマーモット自然公園や、マーモットの虐待問題が深刻な山東省のブリード施設へ赴きました。そこでは、マーモットの扱いが、想像を絶するほど残酷です。中国国内の文化の違いもあるかもしれませんが、動物好きな人達が集まっているような会社でも、動物に負担を与えるような接し方、振る舞いをしています。マーモットは、強い歯や鋭い爪を持っているため、しっぽを持って運ぶのが当たり前、少しでも動くと振り回して遠心力で顔が手に届かないようにするなど、明らかな身体的、精神的負担を感じているマーモットがほとんどです。 唯一、日本へマーモットが輸出可能な企業は、オランダ、アメリカ、中国にあると先に述べました。中国の企業で、動物を愛している企業でも、上記のような扱いが当たり前になっています。これは文化の違いなので、根本的な解決はできないかもしれませんが、マーモットの負担になるので正しい接し方を気づくたびに伝えています。マーモットのブリード施設には、元気で自由気ままに過ごす子もいれば、隅っこで全身に力がはいったまま怯えている子もいます。本来仲間に危害を加えることのないマーモットでも、怯える子は、仲間すら敵だと思ってしまい、反射的に攻撃をしてしまうこともあります。その結果、体の一部に怪我をしたり、欠損したりしてしまう子もいます。その場合、その子達は、販売ができないと判断されて、販売ができないと判断され、治療を受けることなく、最後の時を迎えます。そういった子は今後どうなるのか、病院には連れて行かれず、そのまま亡くなるのを待つだけにされてしまいます。 僕は上記のような光景や事実を目の当たりにしました。見てしまった以上、知ってしまった以上、目の前の命を放置することはできません。日本の動物医療を受けさせて救いたいという一心で胸がいっぱいになりました。このような子達はたくさんいます。目の前の命すら助けられない自分が、世界中のマーモットを幸せにすることはできません。僕はこのようなハンデのある子を受け入れて、日本の治療を受けさせることにしました。齧歯類の輸出、輸入は非常に厳しい規則がありますが、どれも問題ないことを確認し、無事にその子達は日本に来てくれました。 しかし、ハンデを持った子達は、同じマーモットですら敵だと認識してしまい、とても暴力的になってしまいます。日本の動物医療を受けさせたいという助けたい一心で、自身の貯蓄を切り崩しお世話をしています。それでも、我々人間には心をひらいてくれません。人間=痛みという認識を本能的にしていたんだと思います。それでも諦めず、病院に通い続け、今ではハンデのある子達みんなが無事に回復してくれました。それでも、なかなか距離が縮まることはありません。 マーモットの怪我の様子が写っています。閲覧注意となりますが、次の写真を見ていただきたいです。   上の写真はハーちゃん、下の写真はレフトちゃんです。ハーちゃんは近づくだけ、目が合うだけで、ハーハーと威嚇し、牙を向いてしまうのでハーさん、レフトちゃんは左足に怪我を負っていたので仮の名前で名付けていました。 ハーちゃんは、右前足が欠損していて、レフトちゃんは左後ろ足が欠損しています。どちらも血だらけで、化膿していて、ハーちゃんに関しては通常の2〜3倍に腫れ上がっていました。 約3ヶ月の治療の結果、この子達の怪我はほぼ完治しました。これまでのマーモットに関する活動で、気づけば数百万円近くの支出がありました。しかし、目の前の命を救うことができたので、意味のある遣い方ができたと思っています。 このような子達は、ほんの一部です。海外のマーモットブリーダーは、各国で1社しかないこともあり、販売のためには飼育繁殖を行い、販売できるようになればすぐに売り出します。売り出されたら、その子達が適切な環境に行くのかもわかりません。日本では、既にマーモットを展示している施設がいくつかありますが、先に述べた栄養、運動、温度、日光のすべての条件がすべて満たされた施設は極めて少ないのです。 そのため、海外で販売情報が出されればすぐに、マーモット株式会社さんに協力していただき、買い取って保護することにしています。買い取ったら、そのブリーダーにお金が入り、ずっと続くじゃないかと思われるかもしれません。確かに、これを続ければブリーダーが私腹を肥やし、こちら側が資金が尽きたり、キャパオーバーになると思います。こうならないように、各国の担当行政には、マーモットの密猟問題解決に向けた取り組みの提案、飼育基準の厳正化や、輸出制限を設けるように日々、意見を提出しています。各国の行政が動いてくれるまでは、目の前の命を救うためにも、今の状況を続けなければならないと思っています。 これらの取り組みを、僕とマーモット株式会社さんだけが行っても、資金が尽きたり、キャパオーバーで飼育がしきれないことになってしまいます。そうならないよう、マーモットカフェ「マーモット村」という名前で、マーモットの保護施設を作ろうという決断に至りました。マーモット村で働くスタッフさんたちは、普段から僕のSNS活動を見てくださっている方で、マーモット愛があり、この状況を知ってくださっている方たちです。 マーモットの保護施設とだけうたってしまうと、国内でも珍しい「マーモット」という言葉だけでも怪しいのに、「保護施設」というと、現状の問題を知らない人たちからすると更に不信感を抱かれ、お客様にきていただけないと判断しました。僕自身、学生時代に保護犬・保護猫のボランティア活動をしていたこともあり、「保護」という言葉を使って、よからぬことをする団体を見てきました。そのため、表向きにはこれらの言葉を使いたくありませんでした。純粋にマーモットを愛し、可愛がっておられる方に、このような現実を突きつけてしまうのも自分の中で納得がいきませんでした。 今では、マーモットがより多くの方に認知され、愛され、これらのマーモットの問題に真摯に向き合っていただける方が増えればいいと思っています。そして、マーモットカフェの売上は、この保護施設の維持やスタッフさんへのお給料、今後の保護活動に充てられればと思っています。実際のところ、マーモット村は、マーモットへの負担が少しでも減らせるよう、入場人数を極めて規制しながらも、ふれあいを行わず、離れたところからマーモットたちをみてもらえるようにしています。そのため、利益が得られるかというと、今では施設の維持やこれまでの費用に充てられるかどうかもわからない状況です。しかし、自分たちだけの蓄えでは到底これらの活動を続けることはできません。数人で保護したマーモットたちのお世話をするのも物理的に困難です。 こんな背景や理由があるなら、全部最初から伝えて、活動していればよかったじゃないか!と思われる方もいらっしゃると思います。もちろん、その道も考えました。しかし、先に述べたとおり、学生時代のボランティア活動での経験や、自分自身のマーモットに対する気持ちから、マーモットのネガティブな情報や、目を覆いたくなる現実は、大々的に発信したくありませんでした。 僕は、若い頃にたくさん迷惑をかけてしまった父を、2年前のある日、急に亡くしました。恩返しがしたくて上京し、父の憧れの場所でセカンドライフを送ってもらいたいという気持ちで日々仕事に明け暮れていましたが、恩返しの一つとしてプレゼントした東京旅行時にコロナに罹患し、数カ月後に後遺症が原因なのか、職場で心臓病が発症し、救急搬送先で息を引き取りました。父の通夜、葬儀のときには、自分もコロナを患ってしまい、高齢な祖母がいる葬儀場にも行けず、直接のお別れもできず、逝かせてしまいました。自分も残された家族も絶望のなか、SNSで現れたのが、どこか父の面影を感じさせるマーモットだったのです。いつしか、僕はマーモットと父を重ねていました。家族にマーモットの存在を伝えると、失った笑顔も徐々に戻りました。YouTubeで海外で飼われているマーモットやSNSで国内で飼われているマーモットを見ていたこともあり、僕もマーモットと生活して、小さい頃に見た温かい家族を取り戻したいと思うようになりました。 これらの背景があったため、マーモットに救われている人たちに、マーモットの虐待や密猟の闇を簡単に伝えてしまうと、さらに辛い世界を味わってしまうのではないかと思っていました。僕や家族が絶望のなか、マーモットから生きがいをもらっていたときに、これらの事実を知ってしまっていたら、僕たち家族はすぐにマーモットから目を背け、自分たちが生きることに精一杯になっていたと思います。 以上が、僕が行ってきたマーモットの保護活動と、あえてマーモットカフェという言葉を使い、マーモットの闇を発信するタイミングを考えていた経緯です。このブログを見て、少しでもマーモットの現実を見ていただける方が増えると嬉しいです。ふと、自分の気持ちをアウトプットしようとつづった文章なので、見苦しい文章になっていると思いますが、僕なりの正義、考え方を知っていただけると本望です。...

今日はヒマラヤマーモットの日(Today is Himalayan Marmot Day)

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1年半、ずっとこの日を待ちわびていました。...

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30. 日本初!ヒマラヤマーモットをお迎えするまであと1日!(30. Japan's First! Only 1 Day Left Until I Welcome the Himalayan Marmot!)

30. 日本初!ヒマラヤマーモットをお迎えするまであと1日!(30. Japan's Firs...

明日、ついに運命の日がやってきます。最後のカウントダウンをすると決めて、1ヶ月が経とうとしています。この1ヶ月でヒマラヤマーモットをお迎えすることができなければ、お迎えすることを諦めようと思っていました。...

30. 日本初!ヒマラヤマーモットをお迎えするまであと1日!(30. Japan's Firs...

明日、ついに運命の日がやってきます。最後のカウントダウンをすると決めて、1ヶ月が経とうとしています。この1ヶ月でヒマラヤマーモットをお迎えすることができなければ、お迎えすることを諦めようと思っていました。...